ここでは、道路交通法違反に関する、無罪となった判例を1件紹介します。

判決の内容

【判決日】平成29年9月15日
【裁判所】千葉地方裁判所判決・平成28年(わ)第1844号
【事件の概要】
いわゆる「ひき逃げ」による道路交通法違反(救護義務違反・報告義務違反)被告事件について、被告人は、交通事故を起こしたことや警察に報告をしなかったことは認めていたが、「人を引いたとは認識していなかった」と主張して、救護義務違反と報告義務違反の故意が無いと争った。争点は、「人に傷害を負わせる交通事故を起こしたことにつき認識があったと認められるか」である。

裁判所は、被告人が事故時に何かをひいたと認識していたことは推認できるとしつつ、道路状況等からすればその対象物が人である可能性まで認識したと推認することはできないとした上、事故後の行動も、事故時の故意を推認させる事情とまではいえないと判断し、被告人を無罪とした。

【主   文】

被告人は無罪。

【理   由】

第1 公訴事実(被告人がなにをして問題となっているか)
本件公訴事実は,「被告人は,平成26年1月15日午前1時9分頃,千葉県長生郡長生村宮成2533番地1付近道路において,普通乗用自動車を運転中,横臥していた●(当時29歳。以下「本件男性」という。)を自車車底部に巻き込みれき過するなどし,同人に肺損傷,上部頸髄および胸髄損傷の傷害を負わせる交通事故を起こし,もって自己の運転に起因して人に傷害を負わせたのに,直ちに車両の運転を停止して,同人を救護する等必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時および場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかったものである。」というものである。

第2 争点(裁判で、なにが争われているか)
被告人は,公訴事実記載の日時,場所において,本件男性をれき過する交通事故を起こしたこと,その際,救護措置や警察官への報告をしなかったことは認めるが,人をれき過したとは認識していなかったと供述し,弁護人は,被告人には救護義務違反,報告義務違反の故意がないから無罪であると主張する。したがって,本件の争点は,被告人に,人に傷害を負わせる交通事故を起こしたことにつき認識があったと認められるかである。

第3 争点に対する判断(裁判所の判断)
1 前提となる事実関係
本件では,証拠上明らかな事実として,以下の事実が認められる。
(1) 本件事故の現場は,片側一車線の最高速度が時速40キロメートルに規制された村道の直線道路で,車道幅員は5.4メートル,車道両脇には,縁石で区分された歩道が付設されていた。付近は街灯設備もまばらな水田に囲まれた農村地域で,夜間の交通量は少なかった(甲9)。
(2) 被告人は,平成26年1月15日午前1時9分頃,普通乗用自動車(以下,「本件車両」という。)を運転し,本件道路を長生村本郷方面から同村信友方面に向かって時速約60キロメートルで前照灯を下向きにして走行していた(被告人質問)。
(3) 本件男性は,身長約163センチメートル,体重約82.5キログラムの成人で(甲11),事故当日は,黒色のダウンジャケット,濃紺のジーンズ,黒色のスニーカーを着用し(甲13),帰宅途中に酩酊状態となり(甲18,20),本件道路上に,信友方面に頭部を向け,道路と平行になる形で横たわっていた(甲16)。
(4) 被告人の運転する本件車両は,本件現場を通過した際,横たわる本件男性を車底部に巻き込み,衝突地点から約21.8メートル引きずった上,左後輪で本件男性の胸背部をれき過し(甲4,16),胸背部をほぼ断続して一周し左右に走る出血を生じさせるなどの傷害を負わせた(甲16,17,46)。また,本件車両は,本件男性を引きずった際,路面に約5.6メートルのブレーキ痕を印象させた(甲4,甲16)。
本件事故により,本件男性は,肺損傷,上部頸髄および胸髄損傷等の傷害を負い,同傷害に基づく外傷性ショックにより間もなく死亡した(甲11)。
なお,本件事故については,被告人に対し,最高速度遵守義務違反および安全確認義務違反の過失による自動車運転過失致死被告事件に関し,罰金50万円の有罪判決(求刑も同額の罰金)が確定している(乙5,6)。本件道路交通法違反被告事件は,上記別件の判決期日直前に起訴され,当時の裁判体は,上記別件の再開,併合をしなかった。
(5) 本件車両には,車両前部のフロントバンパー下部から車底部のフロントアンダーカバーにかけて左右最大約125センチメートル,上下最大約24センチメートルの範囲で破損および変形が生じ(甲12),車底部の燃料タンクに前後径約40センチメートル,左右径約40センチメートルの範囲に最深約3センチメートルのへこみが生じるなど(甲15),車両前部および車底部に多数の損傷が生じた。
(6) 本件事故後,警察官が本件現場に到着するまでの間に,合計5台の後続車が本件現場を通過したが,全ての車両が本件男性をれき過した(甲23,24)。
(7) 被告人は,本件男性をれき過した後,最初の信号交差点手前の停止線付近(本件男性に衝突した地点から約136.3メートルの地点)で赤信号のため停車した際,運転席から降車して,本件車両の前に回り,車両前部の損傷状況を確認するなどした後(甲5,23),●自宅に戻った(甲6)。
(8) 被告人は,本件事故から約45分後の同日午前1時54分頃,●長生郡市広域市町村圏組合火災の電話番号に電話をかけ,本件現場付近に消防隊が救急支援活動に向かっている旨の音声ガイダンスを聞いた(甲42)。
(9) 被告人は,同日午前4時頃に,現場近くまで自転車で戻ってきて,警察による実況見分等が行われている状況を確認した上で,自宅に帰り,午前5時頃,本件車両に乗って再度現場に戻り,実況見分中の警察官に対し,「人をひいたかもしれない」旨の申告をした(甲3)。
2 検討
検察官は,(1) 本件事故の状況,本件男性の負傷状況(1(2),(4)記載),本件車両の損傷状況(1(5)記載)などから,本件事故を起こした際,本件車両には相当程度の衝撃があり,被告人がこれを体感したと認められること,(2) 被告人が本件事故後に,車体の損傷状況を確認したり,消防・救急に関する情報を調べたりしていること(1(7),(8)記載),(3) 別件自動車運転過失致死被告事件における裁判所の検証調書(甲50)によれば,裁判官は,衝突前の時点において,路上に横たわっているのが人かもしれないと認識できたことなどから,被告人が,本件事故の際,人をれき過して傷害を負わせる交通事故を起こしたことを認識していたと推認できると主張する。

しかし,当裁判所は,いずれの事実を前提にしても,被告人に故意を認めるには,なお合理的疑いが残ると判断した。以下,その理由を詳説する。

(1) 本件事故の際,被告人が衝撃を体感したことについて
本件車両は,時速約60キロメートルで走行中に,比較的体格の良い本件男性を車底部に巻き込み,約21.8メートル引きずった上で,本件男性の胸背部に左後輪で乗り上げて,れき過しており,燃料タンクに大きな凹みが生じていることから,本件車両には,本件事故の際,車体の下から相当強い衝撃が加わったことが認められる。その上で,被告人が,本件男性を引きずっている最中に,ブレーキをかけていること(被告人は,この事実を否認するが,路上のブレーキ痕等から,ブレーキをかけていることは明らかである。),事故直後の信号交差点における停車時に,わざわざ降車して,車両の損傷を確認したことなどからすると,被告人が,車体の下から相当強い衝撃を体感したことも明らかである。そうすると,被告人が,本件事故時に,本件車両が何かをひいたと認識したことは推認できる。

しかし,本件現場は,深夜には人通りがほとんどなかったと認められる住宅もまばらな農村地域を通る村道であり,歩道と車道が縁石で明確に区分され,横断歩道や交差点などが存在する箇所ではないため,歩行者が車道に進入する可能性は低い状況にあったといえる。さらに,車道に進入した人が路上に横たわっているということは通常は考えにくい事態である。そうすると,本件当時,運転者にとって,本件現場で人が路上に横たわっていると想定することは相当に困難な状況であったといえる。以上の現場の状況を前提とすると,被告人が,本件車両が何かをひいたと認識しても,その対象物について,路上に放置されたゴミや木材,道路に侵入した動物などと認識し,人をひいたかもしれないとは認識しなかったことも十分に考えられる。
検察官は,本件現場は,自動車専用道路ではなく,付近に民家やコンビニエンスストアも存在するため,人通りが皆無の場所ではないから,被告人が相当程度の衝撃を体感し,人身事故ではないと信じるような特段の事情もない以上,対象物が人であることに気付いたことが強く推認されると主張する。しかし,本件現場の状況を前提とすると,運転中に車体の下から相当強い衝撃を体感しても,むしろ,対象物は,ゴミ,木材,動物などと考えるのが通常であるといえ,人が路上に横たわっていたと認識するような特段の事情が認められない本件において,対象物が人であるかもしれないと認識したと推認することはできない。
また,検察官は,これに関連して,本件起訴の1か月前に作成された,れき過時の衝撃測定等を行った実況見分調書(甲51)に関し,運転を担当した警察官が,公判廷において,ダミー人形をれき過した際には,角材をれき過した場合と比較して,車輪の上下動のほか車体の上下動も発生し,体が右の方に少し傾くような強い衝撃があり,車体が揺れるのを感じたので,違いがあった旨供述していることを指摘する。しかし,上記実況見分は,れき過の態様につき,道路と直角の方向に横たわるダミー人形を前後輪で順にれき過するなど,前提となる条件が本件事故とは異なっている上,警察官の供述する揺れの状況をもって,運転者において,れき過したのがゴミ,木材,動物などではなく人であるかもしれないとの疑いを持つほどの違いであるとはいえない。よって,同実況見分の結果は,対象物が人であるかもしれないと認識したと推認する根拠にはできない。
(2) 被告人の本件事故後の行動について
被告人は,本件事故直後の信号待ちの際に,降車して車両の損傷を確認しているが,この行動は,人以外の何かをひいたと認識した場合にも,とり得る行動であるため,被告人の故意を推認する根拠にはできない。
検察官は,被告人は,車両前部の破損状況を確認したと認められるから,相応の大きさの対象物をひいたと認識したと主張する。しかし,この時の確認は,信号待ちの間の1分に満たず(甲23),深夜の路上におけるものであったことから,十分に目視できたとは限らない上,本件車両前部に生じた損傷は,変形が比較的広範囲にわたるものの顕著な凹損などは認められないから,被告人が供述するように,フロントバンパーに2か所の亀裂を確認できた程度にとどまった可能性が否定できない。そうすると,被告人が確認した損傷の状況から,対象物の大きさを正しく把握できたとは認められない。仮に被告人が相応の大きさであると認識したとしても,本件車両前部には血痕や衣服などの人と衝突したことをうかがわせる物の付着は認められなかったから,停車時の損傷の確認状況をもって,対象物が人であるかもしれないと認識したとは認められない。
また,被告人が,本件事故後に,長生郡市広域市町村圏組合火災に電話をし,地域内の消防・救急に関する情報を調べていたことについては,ゴミなどをひいたかもしれないと考えていた被告人が,自宅に戻った後に,サイレン音を聞くなどし,その時点で,人をひいた可能性に思いが至り,念のため確認をしようとしたとも考えられ,事故時の被告人の故意を推認させる事情とはいえない。被告人が,午前4時頃に自転車で現場付近を訪れたり,午前5時頃になって,現場に再度戻り,臨場していた警察官に人をひいたかもしれないと申告をしたりしたことについても,被告人がサイレン音を聞いたり,上記の電話において本件現場付近に消防隊が救急支援活動に向かっている旨の音声ガイダンスを聞いたりした後の行動であるから,同様に,事故時の故意を推認させる事情とはいえない。
(3) 被告人の本件事故前の視認について
検察官は,前記の別件自動車運転過失致死被告事件における裁判所の検証調書(甲50)によれば,前照灯を下向きにし,時速約60キロメートルで走行した場合,裁判官において,最も短い距離でも約26メートル手前でダミー人形を人かもしれないと認識しており,被告人は,本件男性に衝突する前の時点で,路上に人が横たわっているかもしれないと認識できたはずであると主張する。
しかし,現場は,約150メートル先にあるコンビニエンスストアの店舗照明が目立つ程度で,周辺に街灯設備が乏しく,本件男性は,靴底まで黒い靴を履き,全身黒っぽい服を着用して,走行してくる本件車両に靴を向ける形で,車道に平行方向に横たわっていたから,視認条件は悪かったと認められる。本件男性をれき過した後続車両の運転者5名においても,衝突の時点までに人かもしれないと認識した旨供述しているのは2名にとどまっていることからも(甲23~35),このことは裏付けられる。
加えて,被告人は,前方注視等の安全確認義務を怠っており,路上の痕跡等から,衝突する前に急ブレーキや急ハンドルなどの衝突を回避する行動をとっているとは認められないことも考慮すると,被告人は,公判廷において,衝突前の認識について,黒いマンホールのような平面的な影は見えたが,形状や大きさまでは分からず,車両の進行を妨げるようなものは何も見えなかったと述べているところ,そのような認識であったことを否定することはできない。
そうすると,本件事故前に被告人が視認した状況は,人であることをうかがわせるものとはいえないから,本件事故の際に被告人が車体の下から相当強い衝撃を体感したことに加えて,事故前の被告人の認識を考慮しても,被告人が,対象物について,ゴミ,木材,動物などとは認識せずに,人であるかもしれないと認識したとは認められない。
なお,被告人は,事故直後の実況見分においては,衝突地点の約14メートル手前の地点で,進路前方に黒色横長の物体を見たと説明している(甲5)。仮に,事前にそのような認識があったと認められたとしても,現場の視認条件が悪い上,視認した後に極めて短時間で衝突したことも踏まえると,衝突の衝撃に加えて,衝突直前に瞬間的に黒色横長の物体を路上に認識したとの事実を考慮しても,被告人が,人であるかもしれないと認識したとは認められない。
(4) 被告人の弁解について
被告人は,公判廷において,本件現場を通過した際,車両前方とハンドルに衝撃を感じたが,エンジンルーム内の故障ではないかと思った,事故後,最初の信号で降車して,フロントバンパーに亀裂が生じていることなどを確認したが,何かに接触したとは全く思わなかったなどと弁解している。このような弁解は,衝突の認識まで否認している点において,本件事故の状況や本件車両の損傷状況等の客観的な事実と整合せず,信用できないが,被告人が,自分にとって有利なように,上記の不合理な弁解をしたからといって,そのことから被告人の故意を推認することはできない。
なお,被告人は,捜査段階においては,樹木などの物体にぶつかったものと勝手に判断していたなどと供述をしていたことがうかがわれるが,このような捜査段階の被告人の供述からも,人であるかもしれないとの認識を認定することはできない。


第4 結論
以上によれば,本件当時,本件現場で路上に人が横たわっていることを想定することは相当に困難な状況であったことなどの本件事実関係の下では,被告人が車体の下から相当強い衝撃を体感したことに加え,被告人の事故前の視認状況や事故後の行動などの事情を併せて考慮しても,被告人に,人に傷害を負わせる交通事故を起こしたことにつき,未必的なものであっても認識があったと認めるには合理的な疑いが残り,故意を肯定することはできない。
したがって,本件公訴事実については犯罪の証明がなく,刑事訴訟法336条により被告人に無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役2年)
平成29年9月15日
千葉地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官  楡井英夫
裁判官  小西安世
裁判官  清水拓二

解説

刑法では、「故意」がなければならない罪、「過失」でも罪となるものにわかれています。
今回は、いわゆるひき逃げ、救護義務違反等が問題となっていました。
つまり、「人をひいた」のに救護せずに逃走したかどうかということになります。

故意とは、事実の認識の事を言います。
今回の罪で処罰をするためには、「人をひいた」という事実の認識があることが必要となります。本人が、「ごみをひいた」「動物をひいた」としか認識がなかったら、無罪となるのです。

裁判所は、現場の状況を細かく認定して、「本件当時,本件現場で路上に人が横たわっていることを想定することは相当に困難な状況であった」と述べ、被告人が、「人に傷害を負わせる交通事故を起こしたことにつき」認識していたとは言えないと判断し、被告人には、故意は無かったとしました。

路上で酔っ払った人が寝ていて、その人を引いてしまったという事件は、たまに目にするところです。
しかい、「故意」がない場合は、本件のように、十分に争う余地があるため、交通事故でひき逃げの疑いをかけられてしまったら、すぐにご相談ください。

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